アメイジング・ナイト  *バックナンバー

驚きの店に行ってみよう! 安全・安心に行けるクーポン・地図付き。
演劇人、映画人が集まる新宿ゴールデン街の文化発信地。
「クラクラ」
(東京・新宿/バー)

2009年12月14日

外人スタッフも働くカウンター。


 新宿ゴールデン街で演劇、映画、文学に関係する人が集まる「クラクラ」。経営者の外波山(とばやま)文明氏は、劇団「椿組」を主宰する演劇人であり、「椿組」は夏の新宿・花園神社での野外劇・テント劇公演でも知られる。


派手ではないが目立つ入口。


この扉の向こうにお店が。


手づくり感あふれる店内。

 若い頃、状況劇場のテント劇を見て感動した外波山氏は、「芝居はどこででもできる」という理念のもと、東北、ヨーロッパ、シルクロードなど、国内外を仲間たちとさすらい芸人のように興行の旅をして回ったこともある。生粋の演劇人だ。

「クラクラ」の経営にかかわることになったのは1979年。最初に入団した代々木の「演劇集団変身」の同期生であった友人より受け継いだ。


「クラクラ」の外波山氏は椿組の主宰。


様々な公演案内が掲示されている。

 店名は、坂口安吾夫人であった坂口三千代の著書『クラクラ日記』に由来するそうで、先代オーナーが名付けた。

「クラクラ」に出入した有名人は、たとえばコメディアンのたこ八郎。存命中はよく店に来て酔いつぶれていたという。カウンターの隅に置いてあるたこ八郎像は、神奈川県真鶴の海水浴場で不慮の死を遂げる3ヶ月ほど前、テレビ番組の撮影で使ったものを譲り受けた。ちょうど店の下あたりで、撮影が行われたという。


クラクラ名物、故たこ八郎像。


飲み友達だった故中上健次の初の戯曲を外波山氏は初演した。


あの有名人たちはどこに座っていたのだろうか。

 また、作家・中上健次が飲みに来た時には台本を依頼。当時、連載を幾つも抱えていたため実現まで3年掛かったが、彼の初戯曲『かなかぬち』は外波山氏たちによって初上演された。中上文学の舞台である和歌山県南部の熊野にまで行き、今は世界遺産になっている熊野本宮大社がもともとあった、大斎原(おおゆのはら)で公演も行った。

 大斎原は熊野川と音無川の中州だった場所で、明治の水害で流されるまでは熊野本宮大社の壮大な社殿が鎮座していた。中上も92年に46歳の若さで亡くなった。

 歌人の俵万智はこの店に飲みに来るうちに、自ら手伝いたいと言い出して、一時期月に2回ほどカウンターでアルバイトをしていた。料理やお酒を実際につくっていたのである。6年ほど前の話だ。「ゴールデン街は出会いの場、広場であり、人間スクランブルだ」と語る外波山氏。


新宿ゴールデン街商業組合理事長でもある外波山文明氏と、かつてクラクラで働いていた歌人の俵万智さん。

 2003年に隣のスペースにも拡大し、少人数の宴会など団体客にも対応できるようになった。折に触れて、落語や講談、絵画、イラスト、写真を展示して美術展を行うなど、文化の発信地にもなっている。


歴史を感じさせる案内板。


店内で絵画展も開催。

 料金はチャージが1200円で、お通しは2品から1品が選べる。お酒は焼酎、ウィスキー、ビールなど500円からあり、ビール大ビンで700円。おつまみは300円からあって、やきそば、やきうどん(各700円)が人気だ。顧客単価は2500円ほどである。


男性客中心。ビールなどは500円〜。

 顧客層は30代〜40代が中心。男女比は7;3で男性が多いが、新宿ゴールデン街では女性が多いほうの店であろう。

 新宿ゴールデン街で文化的な雰囲気に触れたいなら、行ってみてはいかがだろう。なお、2008年11月には1階に「椿組」劇団員による、姉妹店の「クラクラ パート2」もオープンしているが、別の店である。


【クラクラ】
住所 東京都新宿区歌舞伎町1-1-9
電話番号 03-3209-3660
営業時間 19:00〜翌2:00
定休日 無休
客席数 35席
客単価 2,500円
開店日 1974年
経営母体 外波山文明
※取材当時の情報です。変更されている可能性がありますので訪問される場合は、店舗にご確認下さい。
長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ)   2009年11月18日取材